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第2回研究会 案内

 

2回研究会 報告

 

 研究発表印象記

 □総会報告会則

 □文学散歩記

 

「石川淳研究会(第2回研究会)・印象記」若松伸哉

 今回の研究会は安西晋二氏による「「普賢」試論―「しゃべることば」の分析から―」と題された研究発表から始まった。

 「普賢」における〈ことば〉の問題は、これまでも先行研究で論じられてきたが、今回の氏の発表は先行研究の成果を踏まえつつ、精緻な言説分析を通して、〈(書く/しゃべる)言葉〉の表象不可能性を剔抉し、〈新たなことばの模索〉を作品の結末部分に読み取っていた。この結論にいたるまでの分析は鮮やかであり、興味深い点も多かった。例えば、〈ユカリ/綱〉を語る際の〈語り方〉が相似関係にあることや、作品中に張りめぐらされている二項対立が解体・同一化するだけでなく、そこには表現レベルにおいて主副の転倒があるという指摘などは新しい知見として重要なものであろう。

 ただ、氏の発表は〈語り〉の言説分析を中心化していたため、これらの指摘した箇所が作中でどのように機能し意味を結ぶのか、といった作品全体への還元についてもう少し意見を聞いてみたかった。また〈ことばの表象不可能性→新たなことばの模索〉とした結論に関しても、その前後の石川淳作品や同時代状況との関連について見通しを聞きたく思った。「普賢」発表当時は高見順を代表として〈しゃべるように書く〉方法が盛んに行われており、そうした〈語りの方法〉をめぐる動向のなかで石川淳がどのような位置取りを試みたのか、氏の結論はそこまでの射程を持ち得るものであるように感じたからである。

 〈特集:「白描」をめぐって〉では、報告者として重松恵美氏「芸術とは何か、白描とは何か」を、西垣尚子氏「『白描』におけるユダヤ人」をそれぞれ発表し、その後、参加者による討議という形をとった(なお、西垣氏は勤務先の関係により急遽欠席となり、司会者が発表原稿を代読した)。

 重松氏は作中に展開される芸術論に関して、「白描」の直後に発表される石川淳の諸評論との関連や、主要登場人物のモデルとなっているブルーノ・タウト、ワルワラ・ブブノワらの著作との比較・検討を行い、〈政治と芸術〉の対立項の下、「白描」における〈芸術〉観を浮き彫りにすることを目指していた。発表自体は重松氏自身が危惧されていたように、問題点が多岐にわたっていたため全体的なイメージがやや捉えにくかった。それはまたレジュメにあった〈純粋小説(建築・絵画)〉の概念、政治と芸術の関係が把握しにくかった点も関わっているだろう。しかしそれは基礎的な研究から論を組み立てようとする氏のスタイルゆえのことであり、今回提示されたタウトに関する豊富な資料、あまり言及されることのなかったブブノワの資料など、教えられることが多かった。また「白描」は、展開されている芸術論がそれぞれ相対化されているという特徴があるが、それぞれに与えられている位相を検討していくための手がかりにもなる貴重な報告だったように思う。

 一方、西垣氏の報告はやはり主要登場人物である一色敬子、さらにその叔父である中條兵作に「ユダヤの血」が流れていると設定されていることから、当時の日本でのユダヤ人の表象を追ったものであった。時代的なユダヤ迫害の表象を参照しながら、「白描」のなかにそれを推進するナショナリズムに対する批判を見ようとするのが発表の趣旨だった。たしかに時局批判の性格を持つ(であろう)「白描」の場合、〈ユダヤ人〉は看過できない問題であり、そこからのアプローチは「白描」研究に大きな収穫をもたらすだろう。

 少し気になったのは、ユダヤ人表象の資料が〈迫害〉を助長するものだけだったことである。時局に対して正面から批判するのではなく、一見迎合するかのように書かれている「白描」にはむしろ、ユダヤ人表象のなかでもユダヤ迫害を不当とするものも示し、迫害の背後にあるナショナリズムをそこから参照することができれば、よりナショナリズム批判の〈読み〉の可能性が高まるように感じたからである。このあたりについて、西垣氏が欠席され、質疑応答の場が無かったことはやはり残念であった。

  「白描」のように同時代性の強い作品には、重松・西垣両氏が今回行った作業は特に欠かせないものであろう。両氏の報告を通して、改めてそのような思いを強くした。

 その後のディスカッションでは両者の報告をふまえて、〈時局批判を読み取らせる「白描」の構造〉ということを中心に討議が進められた。石川淳の著作をすべて読むことのできる現在の我々の目からすれば「白描」に時局批判を読むことは容易いのだが、当時の読者がそれを読み取ることができたのか、この問題は「白描」だけではなく、特に戦時中の著作全般にかかわる重要なことであろう。あわせて今までほぼ無批判に流通してきた感のある〈抵抗の作家〉像の(どの時期に構築されたのか、等)再検討・修正を迫るものでもある。討議では上記のテーマに関連して、発表媒体や解題の問題なども挙がった。もちろん討議のなかで積み残された課題も依然として多いが、参加者が共通理解を持てたであろうことはやはり大きな収穫と言える。研究発表のあとには、最近発表された石川淳論の合評会が開かれ、引き続き盛んに意見の交換が成されていた。

 横光利一や坂口安吾など、現在精力的に活動している他の個人作家研究会に比べ、石川淳研究会はその規模も小さい。しかし研究会設立の趣旨にもあるように、和漢洋にわたる該博な知識を駆使する石川淳という作家の研究において、こうした研究会の場はやはり大きな意義を持つだろう。また毎回、論文の合評会などを行っていることも少人数ならではの大きなメリットだろう。石川淳研究会の今後の発展を期待したい。

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石川淳研究会 第一回会員総会 報告

 第一回会員総会は、第二回研究集会終了後に開催され、以下の二点を行った。厳密にいうなら、まず@をもって本会を「会員総会」として成立させたうえで、あらためて@・Aを行ったということである。
  @ 会則案の承認
  A 運営委員長、運営委員の選出
 @で承認された会則は、本報告の最後に付した。なお、この会則案は、第二回研究集会の案内とともに、会員には事前に電子メールまたは郵便で送られており、そのまま全会一致で承認された。総会に参加できなかった会員からの異論も、これまでのところは受けていない。
 Aでは、まず運営委員長に山口俊雄を選出した。そして運営委員には、山口とともに本研究会の準備人をつとめてきた重松恵美、杉浦晋に加えて、木下啓、若松伸哉を選出した。以上、すべて全会一致で承認された。(文責・運営委員杉浦)


石川淳研究会会則

第一条(名称)
 本会は、石川淳研究会と称する。
第二条(目的)
 本会は、石川淳とこれに関連する諸対象、諸領域の研究の推進を目的とする。
第三条(活動)
 本会は、前条の目的を達成するため、次の活動を行う。
 一、研究集会、セミナーなどの開催
 二、機関誌、論集などの発行
 三、その他の活動
第四条(会員)
 本会の会員は、本会の目的に賛同し、会員として登録された個人または団体とする。
第五条(会員の権利と義務)
 本会の会員は、第三条に定める活動に参加する権利を有する。また、その参加に際しては、必要とされた諸経費を応分に負担する義務を負う。
第六条(運営委員会)
 本会には、以下の会務を担当する運営委員会を置く。運営委員会は、若干名の運営委員をもって構成する。
 一、第三条に定める活動に関わる実務

 二、総務、財務などに関わる実務
第七条(会員総会)
 本会は、毎年一回以上、総会を開催する。
第八条(会則の改訂)
 会則の改定は、総会において決定する。

(運営委員の選任に関する細則)
 一、この細則は、会則第六条の規定のうち、運営委員選任の施行について定める。
 二、運営委員は、会員のうちから選任し、総会で承認を得る。
 三、運営委員の任期は二年とし、再任を妨げない。
(事務局の設置に関する細則)
 一、この細則は、会則第二条及び第三条に定める目的と活動、並びに第六条に定める運営委員会の会務を円滑に行うための事務局設置について定める。
 二、当分の間、事務局を以下に置くこととする。
     愛知県立大学文学部国文学科 山口俊雄研究室
     〒480-1198 愛知郡長久手町熊張字茨ケ廻間1522-3
       tel.0561‐64‐1111(内線1808)
        fax.0561‐64‐1106(文学部共通)
       石川淳研究会e-mailアドレス ishikawa_jun【アットマーク】infoseek.jp


この会則は二〇〇四(平成一六)年九月十一日より施行する。

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文学散歩記

 研究会の翌日、9月12日、金福寺(こんぷくじ)・詩仙堂・曼殊院と、東山山麓でもややひなびてのどかな北部を小散歩した。

 叡山電鉄・出町柳駅11時集合。参加者は、安西晋二氏、重松恵美氏、鳥羽耕史氏、若松伸哉氏、山口の5名。

 叡電・一乗寺駅で下車、金福寺を目指す。途中に、宮本武蔵の一乗寺の決闘で有名な〈一乗寺下り松〉があった。金福寺は、石川淳「狂風記」に登場する村山たか女ゆかりの寺ということで訪れてみたが、蕪村の墓もあり、句帖をもった参拝客を何人も見かけた。金福寺・詩仙堂・曼殊院、それぞれ個性もスケールも違う寺院を参加者一同ゆっくりと楽しんだ。(鳥羽耕史・撮影、山口俊雄・記) ▼写真上でクリックすると拡大されます▼


金福寺入口


蕪村再興の芭蕉庵


村上たか女詣墓


金福寺


集合写真その一


村上たか女創建の弁天堂


詩仙堂


石庭


庭園散策


庭から見た詩仙堂


集合写真その二


曼殊院門跡


狩野永徳の虎の間


庭園


回廊

 

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