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第7回研究会への印象    杉浦 晋
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 第7回研究会の内容は、研究発表二つ、講演一つ、論文合評会、及び総会であっ
た。以下、順に言及する。

 若松伸哉「「葦手」論――歌謡の問題を起点として」は、まず、昭和初年代の民謡
ブームのあらましをふまえつつ、「わたし」及び妙子の、江戸音曲や民謡など「歌
謡」の世界への「距離感」が作品にあらわれていることに注目し、そこに「歌謡」の
基盤たる伝統やナショナリズムに対する批判を読みとった。さらに、ロマンティシズ
ム対リアリズムという、当時の文壇の問題機制をふまえつつ、「卑俗な現実」に翻弄
される「わたし」の物語を、日本浪漫派的な「高邁な理想」への反措定とみなした。
そして最後に、二人がともに係累を離れて漂泊にむかったことを、「血族」に根拠づ
けられるようなイデオロギーからの離脱ととらえた。すなわち「葦手」を、徹底して
同時代言説への批判として、実証的に読み解くという、まことに明快な理路に則った
発表であった。
 しかし、その理路が成立する水準は、いささか抽象的すぎたかもしれない。「卑俗
な現実」への傾斜や、流行歌や俳句を含む「歌謡」、また「血族」への批判は、「葦
手」にかぎらず、その前後の作者の作品にも、しばしばみられる。それらと比べた場
合の「葦手」の固有性は、この水準だけではよく明らかにされないと思う。

 山口俊雄「石川淳「鸚鵡石」論――典拠「武辺雑談」との距離」は、作品末尾の
「附記」の引用の典拠とされている『武辺雑談』が、それにとどまらず、他のいくつ
かの箇所の典拠でもあったという発見に基づき、本文と典拠の記述との照合をおこ
なった。そのうえで、人物の対立関係の強調や、典拠を任意の素材として虚構を構築
するしかたに、作者の独自性を認め、本作の作品史、文学史上の位置づけのために、
いくつかの有益な視座を示した。
 作者が、江戸文学や20世紀ヨーロッパ文学などの影響下に、自らの作品を、先行
テクストに対するメタテクスト、もしくはパロディとしてしつらえることに自覚的
だったのは、いうまでもない。しかし、従来の研究史において、作品と典拠との「距
離」を推し量る、こうした実証的な作業がよくなされてきたとはいいがたい。その先
駆者の一人である発表者によって、またひとつ確かな礎が置かれたのである。
 なお『武辺雑談』は、作者架蔵の一書とおぼしいが、その旧蔵書の概要が知られた
ら研究に益するところ大であろうと、いまさらながら思われた。

 渡辺喜一郎の講演「石川淳小伝――こぼれ話」は、「石川淳年譜補遺――昭和二十
年代まで――」(「青磁」2006・10)を資料とし、その内容に適宜コメントを
加えるかたちでなされた。資料は、講演者の永きにわたる伝記的研究の蓄積に基づ
き、鈴木貞美編「石川淳年譜」(『石川淳研究』三弥井書店、1991・11)の補
足として書かれたもの。もっとも、そもそもこの鈴木氏による年譜自体が、講演者の
研究に多くを拠っていたのだが。
 講演、質疑応答を通じて、一定の裏付けはあれど、なかなか公にするのは困難であ
ろう事実、推測が、資料の内容に加えて、いくつか語られた。それらへの言及は、こ
こでは差し控えたい。ただ、実父、実子とのかかわり、戦前の津田季穂、稲垣足穂ら
とのかかわり、戦後の林達夫、安部公房らとのかかわりについての示唆には、とりわ
け興味をそそられた、とのみ記す。諸々の困難を乗り越えて、講演者による伝記的研
究がさらに続けられることを、あらためて願ってやまない。

 論文合評会について、個々の論文への言及は省略する。全体への感想のみいえば、
このたびの発表、講演のように、周到に実証的な研究ももちろん必要だが、やや実証
性に難はあっても、発想において示唆的な研究が、もっとあってよいと思われた。暴
言を承知でいうが、発想が卓越していれば、実証なんて、あとからいくらでもつけら
れるのだから。

 総会では、次回研究会の内容、日程のことなどが話しあわれ、今後、本研究会の活
動を多くの研究者にむけて、いっそう開かれたものにしてゆくという方向性が確認さ
れた。

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