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太宰治スタディーズの会・石川淳研究会共催研究会印象記   服部訓和

 

 石川淳研究会・太宰治スタディーズの会の共催研究会に、門外ながら参会する機会を得た。共催研究会は一昨年に続き二回目、戦前にテーマをとった前回とゆるやかな連続性をもつかたちで戦後の石川・太宰とその周辺の営為が検討された。

 斎藤理生氏の発表は、織田作之助『それでも私は行く』を、「デカダン」といった紋切り型に落とし込むことなく読み解いていこうというもの。とくに氏が重視するのは連載紙「京都日日新聞」の「期待」と、作者の積極的な応答である。発表では、紙面との連動性など、京都の読者と密接にかかわった、ローカル紙上における作品の振る舞いが詳細に検証された。さらにそうした媒体との「蜜月」が崩れたのちに、「小田策之助」が狂言回しとして前景化されることに着目、そうした昭和十年代の小説が書けない小説を思わせる方法に、氏は敗戦期における現実を描く新しい形式の模索を見ようとしていた。会場からは、実際には作者はそれほど自覚的に方法的試みを行ってはいないのではないかといった問いがだされた。そうした問いに引きつけて考えれば、たとえば戦後の坂口安吾のいわゆる安吾ものの類が作者の顔出しを無造作に行うことと比したとき、「方法的な」と強調される織田の進み行きとのあいだに、どのような差異が見いだされるべきかという問いが浮かんだ。昭和十年代と昭和二十年代とのあいだにどのような距離を測定すればよいのかという問いとも関わろうが、もしかしたら氏が「表層的」と形容する新聞小説の技術が、その「方法的」な特質を考えるうえでもことのほか重要なのかもしれないなどと考えた。

 滝口明祥氏は、風俗小説論争をめぐる言説布置を丹念にたどり、ことに井伏作品が風俗小説論争の文脈において特権的に評価される所以を浮き彫りにした。「アルチスト」と「アルチザン」(花田清輝)の対立図式のもと、後者の典型として分類される丹羽文雄などとは異なり、太宰は意図する逆説的な「アルチザン」として評価される。他方で「アルチザン」と概括されていた井伏の作品が、国民文学論争を背景に読者・庶民の見直しの過程で再発見されていった、ということになろうか。個々の言説の文脈を冷静に解きほぐしていく氏の手際は、「アルチスト」たることを拒否する意識的「アルチザン」のそれかといったところで、固定化された図式がひとつひとつはぎ取られていく様を小気味よく聞いた。ただしその一方で質疑の過程で明らかになったことによると、井伏作品の本来の特質は風俗小説の典型とされる「アルチザン」丹羽のそれとは当初から異なっていたのだと言う。してみれば風俗小説論争の文脈それ自体とは交錯しない地平に、別途(「アルチスト」としての、だろうか)井伏作品の要諦が想定されるわけだが、その点に関する手がかりは今回の発表では示されていなかった。会場からは、風俗小説の定義や、新・旧風俗小説の具体例を確認する質問が出ていたが、要するに風俗小説論争の磁場が解きほぐされたのちに井伏作品をどう読むかという問いが待たれるということであろう。

 石川淳『おとしばなし集』の特質を作品横断的に捉えようとした帆苅基生氏は、『おとしばなし集』を貫く特徴として、@作品内に用いられる「爰元」といった語が、現実世界との接点をなしており、同時代の政治への批評性を有する連作の要点とみなしうること、A「パロディ」としての連作を書く営為が、以後の石川淳における古典の「新釈」をめぐる営為と接点をもつこと、B連作において「立ち上がる〈女性〉」を描くという共通点が見られることなどを指摘された。さらにC発表の最後で、戦後文学批判以後の文脈における佐々木基一が、連作に政治的批評性を孕む「遊び」という共通項を設定し、その再発見に大きな役割を果たしたことが提示された。ただし、これらの指摘を一貫する視点が提示されていたわけではなかったため、氏が『おとしばなし集』をどのように捉えようとしているのか、よく理解することはできなかった。会場では初出の問題が議論にのぼっていたが、たしかに戦前の、主として大衆的な文芸雑誌に掲載された「おとしばなし」と、戦後になって「文芸」に連続的に掲載された「童話翻案作品」とは実際には作品が置かれた場も異なるし、落語での上演を前提とする「おとしばなし」と、本質的に作品の外部を欠いた「童話」の外部を敢えて書くことでアイロニーを生成する「童話翻案」とを、「パロディ」の一語で括ることは難しい。むしろ上記Cに関わって、現実への政治的批評としての『おとしばなし集』という枠組みを相対化し、一篇一篇をそれぞれの時空間に差し戻しつつ読み解いていく試みが有効と思われた。

 会場でも言及されていた通り、三者の発表は、方法についても内容についても径庭が大きかった。もう少し統一されたテーマ設定があった方がまとまった議論に収斂したろうと思われたが、それはまずもって会員外の参加者の無責任な感想と言うべきなのだろう。作家個人を対象とする研究会が、このように継続的に開催されることを率直に羨ましく見るとともに、会の持続に向けられた努力に対して敬意を抱いた。

 

 

太宰治スタディーズの会・石川淳研究会共催研究会印象記   吉岡真緒

 

 石川淳研究会・太宰治スタディーズの会共催研究会が、一昨年に引き続き今年も行われた。三月の震災の影響で一旦は中止になった経緯があったため、今回の開催は感慨深い。

 二つの会は、太宰治と石川淳のかかわりを検証すべく共催の運びとなったのだが、今回の発表者三方はそうしたねらいを超えて三者三様の立場から多彩な論を展開されていたように思う。発表後のパネルディスカッションでは、発表者同士の問題意識を関連づけたやりとりが見られ、三つの発表のゆるやかなつながりを感じることができた。

 斎藤理生氏の発表は、織田作之助「それでも私は行く」を、掲載紙「京都日日新聞」を手がかりに読み解く内容であった。大半が地元民である読者の興味を引くという新聞社の期待に応え、巧みに作中に〈京都〉を取り入れていった織田。発表ではその手法や新聞社との関わりが丹念な読解によって明らかにされた。わずか二面という限られた空間の中でひしめきあう記事や小説や広告の結びつきもわかり、興味深かった。氏が提示した、作中作家〈小田策之助〉の登場によって現れる三つの枠組みについて、質疑では、それらが近世の浄瑠璃や歌舞伎に見られた手法や昭和10年前後の石川淳や太宰治の作品に見られた手法であることに着目したやりとりがあった。取り入れられた様々な手法がどのように織田の中で血肉化されたのか、発表資料冒頭に挙げられた「実験的な試みがなされた作品としての評価」と合わせつつ、今少し発表者の考えを知りたいと思った。とはいえ、様々な観点から作品を読み解く本発表は厚みがあり、作品のポテンシャルを感じることができた。

 滝口明祥氏の発表は、太宰治・井伏鱒二を中心に、風俗小説というタームについて検討したもの。発表ではまず、本来風俗小説とは1819世紀英国文学に見られる、風俗を通じて社会の中の人間を捉えた小説であることが示された。戦争による断絶はあるものの、50年代頃まで風俗小説は、思想性・批評性のなさを批判されてきたという。それが60年代には、井伏の評価に関しては、肯定的な本来的な意味での使用が見られる。その要因に氏は、風俗小説に対する見方の変化と井伏文学の変化という興味深い見解を示した。一口に風俗小説と言ってもその意味内容は場ごとに微妙に異なるうえ、別の語で表現されることもある。50年前後の太宰評価の軸とされた〈アルチザン〉・〈アルチスト〉。前者は風俗小説家・風俗小説に重なることが提示された。太宰が、二つの区分を消失させる〈アルチザン〉として評価されたとの指摘は分かりやすい。〈アルチザン〉を冠されての太宰評価は、間接的ではあるものの、肯定的に風俗小説という語が使用された例となろうか。すると、それも風俗小説に対する見方の変化を表すのだろうか。氏の考えを聞きたく思った。

 帆苅基生氏の発表は、石川淳『おとしばなし集』について、他の石川作品へと架橋する接続点と、文庫を企画した集英社との関わりとを検討したもの。氏はまず、『おとしばなし集』に見られる重層化に「同時代への批判意識」を読み取り、その意識を『おとしばなし集』以後作品に見られる「歴史を忘却し改変する権力の暴力に対する批判」に接続。同様に『おとしばなし集』とそれ以外のテクストをつなぐモチーフとして「立ち上がる〈女性〉」を指摘した。テクスト間をつなぐこれらの接続点は、どのように関わり合っているのかという質疑があった。検討中とのことではあったが、石川文学においてそれらの関わりがどのような意義をもつのか興味のあるところである。また、文庫本ブームに乗って『おとしばなし集』を刊行した集英社の商業的目論見と石川の文学的志向についての考察は、制限時間が迫る中、十分な説明がなされなかったことが惜しまれる。石川淳受容も視野に入れているように受け取れた。今後の展開が楽しみである。

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