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石川淳研究会・坂口安吾研究会・太宰治スタディーズの会

共同開催研究集会 のお知らせ

(石川淳研究会 第17回研究会)     

     

石川淳研究会

坂口安吾研究会

太宰治スタディーズの会

 

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 日時 2009年9月14日(日) 13:00〜

 場所 日本大学商学部(東京都世田谷区砧5−2−1) 2201教室

  ・会場への交通アクセス → http://www.bus.nihon-u.ac.jp/access.html

 

 ★来聴自由です。ふるってご参加ください。

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〈総合司会〉大原祐治・若松伸哉

開会の辞

 

【研究発表】《特集》一九四〇年代の諸相

 

 

変貌する「妻」 

―太宰治「ヴィヨンの妻」から映画「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」へ

井原 あや

 

 太宰治「ヴィヨンの妻」(『展望』一九四七年三月)は、発表当時から「力作」(青野季吉、伊藤整、中野好夫「日本文壇の悲劇」『群像』一九四七年六月)、「敗戦後のおびただしい仕事のなかで、特に注目すべきものは『ヴィヨンの妻』『斜陽』『人間失格』の三篇であらう」(臼井吉見「太宰治論」『展望』一九四八年八月)というように高い評価を得ており、現在も太宰の代表作の一つとされる小説である。この「ヴィヨンの妻」を原作として、太宰生誕百年にあたる二〇〇九年、映画「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」(監督・根岸吉太郎、脚本・田中陽造、主演・松たか子、東宝)が公開された。映画は第三三回モントリオール映画祭で最優秀監督賞を受賞したこともあって、概ね好評であったが、この映画の中で主役の「妻」はどのように描かれ、まなざされたのだろうか。

 本発表では、小説「ヴィヨンの妻」と映画「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」を並べつつ、映画が他の太宰作品を織り込んだことによって、いかなる「妻」を描き出したのか検討していきたい。

 

 

退屈、あるいは、ありふれた生

―坂口安吾「花妖」における金銭と遊びをめぐって―

                                   狩俣 真奈

 

「花妖」は、坂口安吾が初めて手がけた新聞小説で、一九四七年二月一八日から五月八日まで『東京新聞』に連載された。安吾はこの作品の執筆に熱意を燃やしていたが、結局新聞社側の申し出により、五八回をもって打ち切られることとなっている。その理由としては、読者受けが良くなかったことや、岡本太郎の挿絵が斬新であったことが挙げられてきたものの、その内容に即して研究されることはこれまでほとんどなかった。これは、作中にしばしば急いで執筆されたような荒削りな文章が見られることや、未完であるがゆえの論じにくさによるものだろう。

つまり、「花妖」は、安吾の戦後における目覚ましい活動と多作のなかに埋没してしまっている感があるといえるが、この作品に繰り返しあらわれる「退屈」といった表現は、安吾の他作品にも見られ、とりわけ戦後において顕著となっているものなのである。発表では、この「退屈」を中心にして、作中における金銭や遊び、あるいは眠気といったものについて考察する。

 

 

政治の被占領、文学の被占領―石川淳「処女懐胎」から見えるもの  

山口 俊雄

 

研究会のテーマが「一九四〇年代」ということで、敗戦後の、新憲法制定を大きな柱とする軍事占領(超越者によるコントロール)下での体制転換がどのように文学作品に描き込まれているかを、石川淳「処女懐胎」(『人間』一九四七・九〜一二)を読むことにより見てみたい。この作品の同時代状況との密接な関係性がこれまできちんと受け止められてこなかった一方で、対米従属的な与党政府の横暴な非民主的「改憲」「解釈改憲」策動を目の当たりにする現今、この作品のリアリティ、アクチュアリティがはからずも回帰してきていると言える。当時、安吾や太宰と並べて「観念的」と批判されていた石川淳のこのアクチュアリティとは一体いかなるものなのか。今、石川淳を読むことに意味があるとすれば、「一九四〇年代=現在」という歴史的状況に否応なく向き合わされることにあるのではないのだろうか。

 「参照論文」として、今回の発表の「テクスト版」となる拙稿「石川淳「処女懐胎」論―奇跡とその引き受け、「民主化」とその引き受け」(『日本女子大学紀要文学部』六三、二〇一四・三・二〇、二七〜五五頁、https://jwu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1626&item_no=1&page_id=13&block_id=50)は、最低限、予め読んできて頂きたい。欲を言えば、必ず触れることになる拙稿「焼跡のイエス」論(拙著『石川淳作品研究―「佳人」から「焼跡のイエス」まで』双文社出版、二〇〇五)、山根龍一「石川淳「焼跡のイエス」論―被占領下における「倫理」の可能性をめぐって」(『(日本大学商学部)総合文化研究』二〇一二・八、http://www.bus.nihon-u.ac.jp/laboratory/pdf/ryo.yamane.pdf)も読んでおいて頂けると幸甚至極。

 

共同討議 〈ディスカッサント〉小澤純・重松恵美・福岡弘彬

 

閉会の辞

 

*研究集会終了後、懇親会を開催いたします。会場は当日お知らせいたします。

 

★今回の研究集会では、Ustreamを利用したネット中継を予定しています。

ご来聴される皆様におかれましては、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

 

当日ネットでご視聴される方は研究集会開始時刻に以下のサイトにアクセスしてください

→ http://ustre.am/1h1vw

 

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